フィルムは記録する

防空

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空襲に使われる爆弾の種類や諸外国との戦力比較、日本の地理的状況や防空体制などを示して、空襲に備えての準備と心構えの必要を説いた防空思想普及のための教化映画である。アニメーションを伴う図解の多用や空襲被害をイメージさせる関東大震災と思しき記録フィルムの挿入も交えて、日本の木造家屋にとっての焼夷弾の脅威、欧米列強との大きな戦力差、そして海に囲まれた国土を守ることの困難さといった日本の防空体制の脆弱性が指摘される。「消火は銘々各自の手で」として空襲時を想定した訓練風景が紹介され、最終的には「國防は國民の権利だ!」とその責任を一般国民に負わせている。元素材はメインタイトルが欠落している。

作品詳細

作品番号
ST000322
映画題名
防空
映画題名ヨミ
ボウクウ
製作年月日
1932
時間(分)
33
サウンド
サイレント
カラーの種類
白黒
製作会社
都商會教育映画部
スタッフ
長谷川大尉[原作・編輯]金井杢一路[編輯]川島精一[撮影]木村義雄[撮影]
検閲番号等
1932年6月18日
G9162、日、實、宣、軍、防空、3巻、730m、都商會(製作者)、帝國在鄕軍人會(申請者)、免
フィルム映写速度
18
備考
元素材は、アメリカ議会図書館より返還された35㎜可燃性ポジフィルムを1986年に不燃化した35㎜反転ポジプリント。
検閲時報の記載と比べると、元素材である上述のフィルムの尺長は679.427mで約50m短い。
編輯としてクレジットされている金井杢一路は金井喜一郎(金井木一路)と思われる。金井は日活向島撮影所で日本のアニメーションのパイオニアのひとりである北山清太郎の助手を務め、北山映画製作所に参加したのち1923年に東京線画フィルム製作所を創立して各社の動画制作を請け負った(『日本アニメーション映画史』『日本教育映画発達史』)。同製作所は本作が製作された1932年に都商会教育活動写真部と合併し、金井を代表者として合資会社都商会が設立された(『日本文化映画年鑑 昭和15年版』)。参考文献(『官報』第一六四〇號)によれば、同社の登記上の名称(商号)は「合資會社都敎育映畫社」となっている。
参考文献
「商業登記/合資會社設立」(『官報』第一六四〇號、1932年6月20日)524頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/2958111/1/11
『防空』広告(『官報』第一八四二號、1933年2月22日)573頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/2958313/1/14
中山浩[編]『日本文化映画年鑑 昭和15年版』(文化日本社、1940年)101頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/1871710/1/63
山口且訓、渡辺泰[著]、プラネット[編]『日本アニメーション映画史』(有文堂、1977年)
 11頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/12438081/1/9
 14頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/12438081/1/11
田中純一郎『日本教育映画発達史』(蝸牛社、1979年)37頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/12438070/1/22

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