フィルムは記録する

北支時局 民衆の叫び

日本軍が北支(華北)5省の国民政府からの切り離しを図った「華北分離工作」に関わる作品。塩や曹達(ソーダ)産業のほか、綿花や麻、木材などの豊かな資源が南の地域に搾取されることに反発した北支民衆が自治要求の叫びをあげるという図式の政治宣伝映画。終盤には1935年11月に樹立した日本の傀儡政権である冀東防共自治委員会(冀東防共自治政府)の委員長として自治宣言を発する殷汝耕だけでなく、国民政府が設置する冀察政務委員会の委員長となる中国第29軍の宗哲元とその配下の蕭振瀛と秦徳純の姿も映し出され、刻々と変化する当時の流動的な情勢が反映されている。第29軍は1937年の盧溝橋事件で日本軍と衝突することになる。一方、日本の立場はあくまでも「内政不干渉、嚴正中立」と紹介される。
編輯の今村貞夫(貞雄、貞男)は1930年に松竹キネマ蒲田撮影所長だった城戸四郎が始めた「松竹ニュース」の製作に携わっていた(参考文献『日本教育映画発達史』)。ニュース映画部は1936年1月の撮影所の大船移転とともに解消され、翌月には特殊技術研究課、文化映画課、事業課などの事業を行う特殊映画部が設置されたが、同年6月に文化映画課を残して同部は廃止されたという(参考文献『松竹七十年史』)。撮影の武富善男と藤田英次郎はいずれも松竹蒲田出身のキャメラマンで、武富は斎藤寅次郎監督作品を多く手掛けたベテラン、藤田はのちに東和商事製作の『東洋平和の道』(鈴木重吉監督、1938年)の撮影を共同で担当した。

作品詳細

作品番号
ST000286
映画題名
北支時局 民衆の叫び
映画題名ヨミ
ホクシジキョクミンシュウノサケビ
製作年月日
1936
時間(分)
16
サウンド
サイレント
カラーの種類
白黒
製作会社
松竹キネマ大船撮影所特殊映画部
スタッフ
支那駐屯軍司令部[撮影後援]武富善男、藤田英次郎[撮影]今村貞夫[編輯]
検閲番号等
1936年6月12日
K9900、日、實、時事、北支時局 民衆の叫び、2巻、318m、松竹キネマ株式會社(製作者)、陸軍省新聞班(申請者)、免
同日に同題名のフィルムの検閲記録が上記を含め17件あり、元素材に残る穿孔跡「K9901」も含まれる。
フィルム映写速度
18
備考
元素材は、アメリカ議会図書館より返還された35㎜可燃性ポジフィルムを不燃化した35㎜デュープネガから作製した16㎜ポジフィルム。
参考文献
『松竹七十年史』(松竹、1964年)282頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/2502630/1/154
田中純一郎『日本教育映画発達史』(蝸牛社、1979年)71-72頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/12438070/1/39
臼井勝美『新版 日中戦争 和平か戦線拡大か』(中公新書、2000年)24-33頁