世界注目の濟南 第三報
1928年5月に山東省済南の日本人保護を理由に派遣された日本軍と蒋介石の北伐軍とが武力衝突事を起こした済南事件を報じる時事映画のひとつ。検閲時報では同年5月21日の記録が残る「第一報」、24日の「第二報」に続く3作目で、4作目以降の検閲記録は確認できていない。本作では偵察機による済南の街と郊外の空撮場面が続き、市街の日本軍の行動が挿入される。後半では偵察機に地上から射撃を加えた「土匪」に対して飛行機隊の警備軍部隊が出動し、数人を捉えて尋問する場面で終わっている。製作会社の亜細亜映画社は『日本南極探検』の撮影者のひとりとして知られる田泉保直が松竹キネマ蒲田撮影所退社後に設立した製作会社である。
作品詳細
- 作品番号
- ST000288
- 映画題名
- 世界注目の濟南 第三報
- 映画題名ヨミ
- セカイチュウモクノサイナンダイサンホウ
- 製作年月日
- 1928
- 時間(分)
- 11
- サウンド
- サイレント
- カラーの種類
- 白黒
- 製作会社
- 亞細亞映画社
- スタッフ
- 鈴木喜代治[撮影]
- 検閲番号等
- 1928年6月2日
C5665、日、實、時事、世界注目の濟南第三報、1巻、238m、亞細亞松竹映畫社(製作者、申請者とも)、新
同日に同題名のフィルムの検閲記録が上記を含め10件あり、元素材に残る穿孔跡「C5672」も含まれる。 - フィルム映写速度
- 18
- 備考
- 元素材は、アメリカ議会図書館より返還された35㎜可燃性ポジフィルムを1969年度に不燃化した35㎜デュープネガフィルム。
検閲時報の記載(C5672は237m)と比べると、元素材である上述のフィルムの尺長は235.309mで約1.7m短い。
撮影は製作当時、亜細亜映画社でニュース撮影を担当していた鈴木喜代治と判断した。理由としては参考文献(「名誉会員 鈴木喜代治氏 逝去」)の作品歴に亜細亜映画社での仕事として「済南事変」とあること、また参考文献(田中純一郎)に、1928年5月に鈴木は国民新聞社の特派員として済南に向かったがすでに収束していたため、とりあえず雑感などを撮影して帰国したとあることによる。また、松竹キネマ蒲田撮影所美術部を辞めた鈴木が身を寄せていた田泉保直の亜細亜映画社に国民新聞社から航空撮影の依頼が来た折に、飛行機乗りたさに志願した後で撮影の手ほどきを受けてカメラマンに転身した(参考文献「鈴木喜代治氏に聞く」)というエピソードを裏付けるように、本作では空撮場面の多さが特徴的である。 - 参考文献
- 田中純一郎「連載 日本教育映画発達史⑨」(『視聴覚教育』第23巻第2号、1970年2月)88頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/6068184/1/47
柴田勝「大正時代の撮影技師(上)」(『映画テレビ技術』№276、1975年8月)59頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/4433057/1/30
「「先輩の話を聞く会」より 鈴木喜代治氏に聞く」(『映画テレビ技術』№429,1988年5月)63-64頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/4433210/1/41
「名誉会員 鈴木喜代治氏 逝去」(『映画テレビ技術』№445、1989年9月)114頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/4433226/1/65