御大典 第一報 東京市内雜觀
1915年11月に行われた大正天皇の即位式(御大典)を伝える時事映画の1本で、1910年代に活動した天然色活動写真株式会社(天活)製作の貴重な現存作品のひとつ。「東京市内雜觀」とあるように元素材には奉祝で賑わう東京各地の光景が収められているが、後半は一転して11月7日の天皇一行の京都到着時の記録となっており、「第二報」以降もしくは他社作品の素材がつながれている可能性が考えられる。また、メインタイトルはあるが中間字幕は無く、エンドタイトルも欠落している。1914年に小林喜三郎と山川吉太郎らがイギリスで開発されたキネマカラーを売りに創立した天活は澤村四郎五郎の旧劇映画や帰山教正や枝正義郎による純映画劇に特色を見せたが、天活を離れた小林が創立した国際活映株式会社(国活)に1920年に買収された。御大典を報じる映画は日活、Mカシー商会、東京シネマ商会でも製作されたが、各社とも第一報は東京市中の様子を伝えるものだった。参考文献(『キネマ・レコード』15頁)では天活版の第一報について、天皇が京都へ出発した「六日當日市中の賑ひに外ならぬ二百呎以下とも思われた。寫眞の出來は感心しなかつた」と評されている。また同誌(21頁)に「第一報より順次第七報まで市中の賑かが主である。各報二百呎位」とあるが、同誌(15頁)の天活版のタイトルマークのコマ抜き写真では「第八報」の文字が判読できる。市中の撮影は問題なかったが、鹵簿の撮影には謹写団を組織する必要があった(参考文献『官報』)。しかしのちの昭和天皇の即位時と異なり各社の足並みは揃わず、日活や天活側の事情を伝える参考文献(『キネマ・レコード』2-4頁)の社説と、それとは反対の立場にあったMカシー商会の梅屋庄吉や同社カメラマンだった岩岡巽による回想記事(参考文献『國際映畫新聞』)からは、国家的な奉祝行事の撮影に初めて臨んだ映画業界の混乱ぶりが窺える。鹵簿を撮影したフィルムは自由に使うことはできなかった。参考文献(『大正大禮京都府記事 警備之部』)によれば、撮影ネガは高等警察課で保管されて現像と焼付が行われ、試写の上で一部切除までされながらすぐには戻されず、天皇の東京還御後にはさらに警視庁に郵送されたという。本作の撮影速度はおそらく1秒12コマ以下と考えられるものの、この時代の日本映画としては画面の状態は良好で、特に後半の京都では鮮明な映像を見ることができる。東京市内では京橋区や日本橋区の奉祝門、神田区の奉祝塔、皇居前と東京駅前、銀座通り、日本橋、日比谷公園の音楽堂などが収められ、ダイナミックな移動撮影が強い印象を残す。京都では堺町御門前や烏丸通の光景に加えて鹵簿が通過する様子も捉えられている。「烏丸七條北及御苑内堺町御門内ノ二ケ所」で許された鹵簿の撮影場所(参考文献『大正大禮京都府記事 警備之部』)のうち、元素材に残るのは「烏丸七條北」での撮影分とみられる。天皇が乗る儀装馬車(鳳輦車)は菊の紋のついたカバーで覆われており車内は見えない。参考文献(『天皇陛下と皇族方と乗り物と』)によれば、この儀装馬車は関東大震災で大破したが、修復されて昭和天皇の即位礼で「特別御料儀装車」として使用されたという。
作品詳細
- 作品番号
- ST000249
- 映画題名
- 御大典 第一報 東京市内雜觀
- 映画題名ヨミ
- ゴタイテンダイイッポウトウキョウシナイザッカン
- 製作年月日
- 1915
- 時間(分)
- 8
- サウンド
- サイレント
- カラーの種類
- 白黒
- 製作会社
- 天然色活動寫眞株式會社
- フィルム映写速度
- 12
- 備考
- 元素材は、1961年度に収蔵した35㎜不燃性デュープネガフィルム。
- 参考文献
- 「寫眞撮影ニ關スル件」(『官報』第九五八號、1915年10月11日)236頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/2953066/1/7
『キネマ・レコード』(第三十號、1915年)
「大禮寫眞大失態の顛末 苦き經驗と今後各社の大反省 キネマ・レコード社説」2-4頁
「各社大典時事寫眞と其の優劣評 タイトルマークと各社の技術」15頁
「フイルム、レコード 大正四年十一月上中下期/内地製映畫/天活」21頁
「第二編 高等警察 第七章 鹵簿撮影ニ關スル事項」(『大正大禮京都府記事 警備之部』京都府警察部、1916年)243-244頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/3448433/1/266
『國際映畫新聞』(第二十一號、1928年)
梅谷庄吉「大正天皇御大典御盛儀 實寫映畫謹寫の想ひ出」15-16頁
岩岡巽「先帝の盛典撮影に隨伴して」16-17頁
工藤直道『天皇陛下と皇族方と乗り物と』(講談社、2019年)49頁
宮内省図書寮[編]岩壁義光[補訂]『大正天皇実録 補訂版 第四』(ゆまに書房、2019年)373頁