フィルムは記録する

靖国神社春季大祭

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毎年4月21日より23日までを会期に行われている靖国神社の春季大祭の様子を記録した作品、前半は奉納品の紹介を皮切りに、大臣、賀陽宮、東宮御使、勅使らが昇殿参拝する姿を収め、後半では遺族による参拝風景から、野外展示、屋台、舞台などで賑わう境内の様子を活写している、陸海相の参拝風景や観客で溢れかえった奉納相撲の場面などは、満洲敎育映画協會が1933年に編集・公開した日露戦争の記録映画『第一篇 日露戰役 追懷ノ巻』に利用されている。
【2026.3.27追記】靖国神社の春季例大祭日(当日祭)は1946年までは4月30日だったことを外部からご指摘いただき、参考文献(『靖國神社百年史 資料編 上』『靖國神社百年史 事歴年表』)でも確認しました。

作品詳細

作品番号
ST000114
映画題名
靖国神社春季大祭
映画題名ヨミ
ヤスクニジンジャシュンキタイサイ
製作年月日
1926
時間(分)
12
サウンド
サイレント
カラーの種類
白黒
製作会社
日本活動寫眞株式會社
配給会社
日本活動寫眞株式會社
検閲番号等
1926年9月29日
A6729、日、實、敎、1巻、220m、日本活動寫眞株式會社(製作者、申請者とも)、新免
フィルム映写速度
16
備考
元素材は、1969年度にアメリカ議会図書館より返還された35㎜ポジプリントを不燃化して作成された35㎜インターネガ。
製作会社、配給会社は、内務省の検閲記録ならびにフィルムに残された「NKマーク」の先付による。このマークの下に出る「TOKYO STUDIO」は、日活東京(向島)撮影所を意味していると思われる。同撮影所は、1923年9月1日に発生した関東大震災による被害を受け、同年11月14日に所員全員が京都・大将軍撮影所に移動することによって閉鎖されたと言われているが、その後帝都の復興が進むなかで短篇映画やニュース映画の受注が増え、数名の技術者が東京に戻り、業務を請け負っていたと言われている。現像所機能を含め、同撮影所が完全に閉所されるのは1930年代になってからと思われる。
参考文献
川口和男「映画技術史資料 昔の撮影所跡をたずねて⑶」(『映画テレビ技術』№194、日本映画テレビ技術協会、1968年)63-66頁。
【2026.3.27追記】
「靖國神社祭祀規定一部改正案 昭和二十一年九月九日」(『靖國神社百年史 資料編 上』靖國神社、1983年)411-414(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/12267618/1/220
『靖國神社百年史 事歴年表』(靖國神社、1987年)
 271頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/12261954/1/148
 485-486頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/12261954/1/255
 495頁(国立国会図書館デジタルコレクション)https://dl.ndl.go.jp/pid/12261954/1/260

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